「ダウン症の〇〇〇」の「ダウン症の」という枕詞は不要ではないかという意見をネット上で見かけました。
ダウン症の天才書家、ダウン症の天才画家などのことを言っているのだと思います。
才能があることを伝えるのに、あえて「ダウン症の」という枕詞はいらないという意見は多いようです。
その意見は最もなところがあります。
例えば、「身長180cmの天才画家」と言った場合、「身長180cm」あるということと「天才画家」は全く関係ありません。
身長によって、画家の才能が変わる訳ではありませんから。
関係ないことを枕言葉にすると違和感があるようです。
「ダウン症」という言葉を売りにしているという意見もあるでしょう。
しかしです。
「〇〇さん、100歳で大学合格」と「〇〇さん、大学合格」では、前者の方はニースになりますが、後者は〇〇さんが有名人でもない限り、ニュースにはなりません。
私たちの娘もそうですが、ダウン症があるということは、知的障がいというハンディキャップを持っていることが多いと思います。
そういうハンディキャップがある中で成し遂げられることがニュースになり、素晴らしいことなのだと思います。
個人的には、「ダウン症の」という枕詞は悪いことはではないと考えています。
「ダウン症」を広く知ってもらうことは、現時点では良いことであると思います。
ただ、時代とともに意識も変わっていくものであるとも思います。
もしかしたら、将来、「ダウン症の」という区別する枕詞が差別であるという世の中の意識に変わるかもしれません。