河合香織 著の「選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子」は、いろいろ考えさせられる本でした。
目次
1.この本に書かれている裁判はどんなものであったのか?
この本は、2014年に起こした出生前診断の誤診の裁判について書かれたものです。
裁判の内容については、以前、以下の記事に書きました。
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出生前診断を受けた夫婦は、もし、結果が陽性であった場合、中絶を考えていたそうです。
担当の医師からは、検査結果が陰性と伝えられたため、出産したところ、ダウン症だったそうです。
その子は、3か月後、合併症により亡くなりました。
担当の医師は、検査結果を陽性と伝えるところ、誤って陰性と伝えてしまったことから裁判になりました。
2.ロングフル・ライフ訴訟、ロングフル・バース訴訟
この裁判は、日本初のロングフル・ライフ訴訟、ロングフル・バース訴訟として知られています。
ロングフル・ライフ訴訟とは、重篤な障がいを持った人が、「私が苦しい思いをするのは、母親が私を産んだからであり、生まれなければこのような苦しみはなかった」と主張した訴訟です。
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ロングフル・バース訴訟とは、医師が胎児に障がいがあることを発見していれば中絶を選択していたはずだという裁判のことです。
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3.裁判の結果
この裁判では、原告の主張は一部認められて1000万円の慰謝料が支払われることになりました。
慰謝料を認めた理由は以下の二つの機会を失ったというものです。
- ①妊娠を続けるか中絶するかの選択する機会
- ②妊娠を続けた場合、生まれてくる子に対する心の準備、養育の準備を行う機会
しかし、認められなかったのは、医師の誤診によってダウン症を持った子供が生まれたことについてです。
例えダウン症と診断されても、多くの方がその診断結果により中絶を選ぶとしても、それは一般的な傾向であり、必ずしも因果関係があるとは言えないというものでした。
4.私がこの裁判を初めて知ったときの印象
私は、この裁判は、問題があると考えていました。
もし、生まれた子が後で実は誤診で生まれてきたことで裁判になったことを知ったらどう思うだろうと考えたからです。
しかし、この本を読んでその考えは改めました。
当初、夫婦は、「誤診がなければ、ダウン症を持った子どもは中絶し、生まれることがなく死の苦痛を味わうことがなかった」というものでしたが、後から「中絶していた」という言葉を「中絶していた蓋然性が高い」に書き換えたそうです。
中絶というとは、難しい決断であり、「崖っぷちのぎりぎりのところでの選択」であると夫婦は述べています。
そして、夫婦は、「あの子に会えてよかった」と言っています。
決して生まれてこなければ良かったとは言ってはいないのです。
なぜ、裁判を起こしたかと言うと医師の不誠実さからなのだと思いました。
5.医師の立場
このような裁判は、医師個人だけで受けている訳ではなさそうです。
背後には医師会があり、医師個人というよりは、医師会全体を巻き込んだものであるように思えました。
一人の医師の裁判結果は、医師会全体に及ぶものであるからでしょう。
本にも書かれていましたが、最初、夫婦の味方となっていた医師が医師会から除名されることを恐れて距離を置いたことが書かれています。
6.最初、引き受けてくれる弁護士はいなかった
最初、弁護士を引き受けてくれる弁護士はいなかったと言います。
障がいがあることを理由に中絶は「命の選別」であり、認められないためです。
もし、裁判を起こすと障害者団体を敵に回すことになるかもしれないと言われたそうです。
勝てる見込みがないと弁護士は引き受けてくれないようです。
7.この裁判の影響
この裁判の影響か、以前は医師が出生前検査について伝えることに消極的であったそうですが、今は、「出生前検査があることを伝えないと訴訟になるから」と考えて出生前診断について説明する医師が増えたようです。
これは仕方のないことのように思えます。
医師から訴訟を起こされたら生活が成り立たなくなります。
また患者さんにも影響があるでしょう。
8.最後に
ロングフル・ライフ訴訟、ロングフル・バース訴訟、優生保護法、命の選別、中絶の是非といろいろと考えされられる本でした。
是非、全ての人に読んでもらいたい本です。